しかし思い返すだにわからないのは、王家の紋章が火吹き山にある、と王様が私に告げた時の大臣の狼狽ぶりである。二人のあいだに、なにか私などには判り得ない事柄があるようにも思われた。
 だが思いを巡らすのはそこまでにしておいた。大臣の様子がどうであれ、私が見た王様のあの笑顔、あれこそが総てを物語っているではないか。
 私に課せられた使命、魔物の住み処となった火吹き山を攻略し、その奥深くに安置されている王家の紋章を獲得することにいまは全身全霊を傾けよう。

 マンダスクの城から北に向かって一時間ほど歩くと火吹き山の麓だ。
 高さ百メートル弱、けして高さのある山では無いが、かつて我が祖先である伝説の勇者が、この地に住み着いた火吹き龍を討ち果たした場所として、今なお語り継がれている。
 入山口には、市民の入山を厳しく制限する為に配置された二人の兵士がその任に当たっている。  魔物が出現するまでは観光名所として賑わいを見せていた場所であり、入山口に掲げられた『火吹き山へようこそ』という看板がいまとなっては皮肉に映る。


「申し訳ありませんが許可の無い方を入山させるわけには参りません」
 入山口を守る二人の兵士は口を揃えて云った。
 すかさず私は王家の紋章の件を話す。
 だが、兵士らはそんな話は聞いていないと云う。それから入れろ、入れないの小さな押し問答がしばらく続く。
 そのうちに、兵士の片方が思い出したように次のようなことを云った。
「あれは魔物が出る直前だから、十日ぐらい前か。日が暮れてから王様がここにやってきて、なんか地下の方でやっていた。それと関係があるのかな」
 そうです。それです。と、ここを先途と私は云った。その私を不思議そうな目で見ながら最前の兵士が次のようなことを尋ねる。「ところであなたは誰なんですか」
 そうか。私はまだ彼らに対して自らを名乗っていなかった。これは私の粗忽であった。改めて自らを名乗る。
「ええっ! あなたがご末裔様でしたか!」
 それまであまり口を開かなかった兵士が、私の名乗りを聞いて突然、興奮したような慌てたような口調でそう云って、大急ぎで入山口を開いてくれた。わけがわからないが、とにもかくにもこれで入山が叶った。あとは地下深くに配置されていると云う王家の紋章、その獲得に邁進するばかりだ。