私は女将にグランゴランの洞窟の場所を地図に書いてもらうと、早速出立の準備に取り掛かった。一人ここに残されることを察し、半べそをかきながら一緒に行くといって聞かない娘を宥め賺して諦めさせる。私の帰りを待つ事も大事な役目なんだよ、と云って聞かせると不承不承ながらもようやく納得をしてくれた。
 万が一に備え、女将に、昨夜来と向う数日間の宿代をまとめて払おうとしたが、勇者様のご末裔様にそのような事をさせては末代までの恥になるといって受け取らない。
 私は女将の好意に甘え、娘をよろしくお願いいたしますと頼んだ。
「お嬢様はお連れにならないのですか」
 女将の尋ねる言葉にそうだと返事をする。女将は一瞬、困惑したような表情を見せたがすぐに、わかりました、お嬢様の事はお任せくださいと云って微笑んだ。胸に拡がる安心感。しかし何故に女将は娘を残していく事に不安を覚えたのだろう。そういえば投宿して以降、女将は私よりも娘の事をより気にかけている様子が窺える。
 余程の小供好きなのかもしれない。そう思い直して宿屋をあとにした。
 街に住む人々にも尋ねて廻ってみたが、やはり伝わっているのは伝説の盾のことであり剣ではないという。王様もお忙しい御方だ、うっかりと云い間違いをしたのだろう。そう思ってから街を出る。
 見上げれば陽は中天を僅かに過ぎている。クリメールから北西に向かって歩き続ける。道中さしたる危険に遭遇する事も無く、目指すグランゴランの洞窟、その入り口に到着した。


 成る程、事前に聞いていた通り、その入り口には強大な鉄扉が設置され、更にはそこへ立ち入る事を諦めさせるのに充分な、巨大な錠前が用意されている。
 だが、結界らしきものが張られている様子は無かった。
 場所を間違えたかもしれないという疑念が湧き、手にした地図を見返してみたが間違っている様子は無い。
 暫く考え込んでいたが、そのようにしていたところで事態が前進するはずも無い。時には強行突破も必要だ。そう考え、巨大な錠前を破壊すべく、旅への出立の際に妻と武器屋の主人から貰い受けた剣でこれを打ち付けた。
 がちり、という金属音が四隣の寂寞を破る。だが錠前はびくともしない。だがその代わりに幾筋もの緑色の光線が洞窟の入口を覆い隠すように縦横に走り、内部への侵入を更に強力に阻んだ。
 これが結界か。洞窟への進入を阻まれた落胆よりも、ここが正しくグランゴランの洞窟である事、また、我が祖先が遺した確かな魔王討伐の記憶を目の当たりにした事からくる深い感慨を覚えていた。
 だがそうして嬉しがっている場合では無い。一刻も早くこの洞窟の内部に入り、そこに眠ると噂される伝説の盾を獲得しなくてはならない。
 だが、私はこの結界を破る術をもたない。
 更なる情報を集めることが必要だ。私は踵を返してクリメールの街に戻っていった。