王暦721年某月某日
 「北にある山間の村」宿屋の女将にそう教えられた通り北を目指して歩き続けた。北にある山、というのはおそらくマイロ山脈のことだろう。その山間にある村ということになれば、じねん、それはマイロの村ということになろう。
 クリメールの町を後にしてから四日、我々一行はマイロの村に足を踏み入れた。
 ごく小さな村である。その入り口に立って見渡せば、容易にその全貌が一望のもととなる。
 村はひっそりとしている。だがけして寂れているのではない。自然と人間が一体になって暮らしている。人声よりも鳥の囀りがより多く聞こえてくる。ここでは時間がゆっくりと流れている、そんな印象を受ける場所だ。
 村で唯一の宿に投宿をする。宿という云うよりは民宿だ。ここの主人である人のよさそうな老夫婦が受け付けをしてくれる。自らを名乗ると、気の毒になるほどに恐縮をして部屋に案内をしてくれる。宿代について尋ねると要らないという。クリメールの時もそうだったが、こうした取り計らいをされるのは却って気疲れを起こす。自分の存在が相手に要らぬ気遣いをさせていると思うと遣りきれなくなる。

 しかし老夫婦の心尽くしを無下にするわけにもいかない。心と裏腹の感謝を述べて部屋に入る。
 荷解きもそこそこに、伝説の鎧に関する情報を集める為に宿を出る。疲れを隠さない様子の娘と大魔道士は部屋に残して一人で村を尋ねて回る。
 村の人々はいずれも温順でこの村の雰囲気に似つかわしい。私の不躾な質問にも笑顔と丁寧な物腰を崩すことなく答えてくれる。
 小さな村のことだ。伝説の鎧に関する情報は直ぐに知れた。それによれば、伝説の鎧は、この村に住まう伝説の吟遊詩人の末裔が、その住まいに保管をしているらしい。
 伝説の吟遊詩人……我が祖先と共に魔王の魂を封印したパーティの一人である。この村の名前に聞き覚えがあるような気がしていたのだが、それはつまり、この村が伝説の吟遊詩人の根拠地である為だ。  だが、果てな? わからないことがある。
 伝説の武具はそれぞれ、厳重な封印が施された形で保管をされていたのではないか。その在り処が容易に知れないよう、秘匿されるような形で保管されていたのではないか。たとえ伝説の吟遊詩人の末裔であろうと、手元に置いておくということなどあり得るのだろうか……いくつもの疑問を胸に、急ぎ足で吟遊詩人の住まいに向かった。