主人の背後には一人の中年男性が立っていて、それは先ほど会ったばかりの船舶会社の社長だった。進み出た社長は思い詰めたような青ざめたような表情でいる。先ほどはお世話になりました、と私が有り体の挨拶をすると、社長は挨拶もそこそこに緊迫した様子で話し始める。「皆さまに折り入ってご相談があるのですが」
 社長は懐から一枚の紙片を取り出して見せる。
「これをご覧いただきたいのですが……」
「これは……手紙のようですね」
「はい。海賊から事務所に打ち込まれた矢文です」
「矢文? 海賊?」
 聞けば、このあたりの海域では太古の昔から今に至るまでひっきりなしに海賊が出没していて漁船、客船の如何を問わず海域を行き交う船を突然に、或いは予告の上で襲撃をするのだという。
「私どもはこれまで何度も襲撃を受けてきました。船が沈められたことも一度や二度ではありません」
「ひょっとしてその矢文というのは海賊からの」
「そうです。襲撃を予告する手紙です」
 矢文には粗雑な文字で、次に出航する客船を襲撃する、と単簡に書かれてあった。つまり我々が乗船する船のことである。社長は続けて云う。


「皆さまの身の安全を考えますと、ご出航の日取りを変更されて、海賊の隙を見て出航したほうがよろしいかと存じますが……」
「いや、予定通りに出航してください」
「しかしそれではみすみす海賊の襲撃に遭うことになってしまいます」
「そこが狙いですよ。海賊を返り討ちにしてやるのです」
 それでもなお出航予定の変更を申し出る社長に、我々は魔王討伐の為に日々研鑽を積んでおり海賊などに負ける道理は無いと述べる。自信に満ちた我々の姿に安堵をしたのだろう、社長はついに予定通りの出航を約束して帰っていく。その背中が震えている。感激の余り泣いているようだ。
 矢文ってのは海賊には似つかわしくない気がするという吟遊詩人の言葉に覚えず同意しかかったが、いまや世界は魔王復活の混乱の最中にあり、これまでの常識で物事を推し量るべきでは無いと思い直した。何より海賊という悪漢によっていま、市民の生活が脅かされている。如何なる悪の手であろうと討ち果たすのが我々の役目であり、その集大成が魔王の討伐なのだ。と、社長が残していった矢文を見返して強く思った。