王暦721年某月某日

 船宿に泊まり、泥のように眠り続けた三日間。海の悪魔との死闘で傷つき、疲弊し切った肉体。ようやくのことで再始動に向けて動き出す。
 四日目の朝になって荷造りを始めたものの、抜け切らない疲れが襦袢のようにまとわりついて離れない。私と同じような年格好でやはり疲れが抜けないのだろう、のろのろと動いている吟遊詩人と顔を見合わせ「歳は取りたくないね」と苦笑する。
 若い魔法使いは一晩寝ただけで体力が回復、早くも起き出し荷造りも済ませてしまっていた。しかも退屈を訴え始めていた我が娘を連れて近隣の散策まで楽しんだという。
 まだまだ若いと自信を持っていた。その自信を裏付けるだけの鍛練も積んでいた。が、やはり寄る年波には抗えないのだろう。こうした肉体と精神の間に生ずる乖離、これが中年の悲哀なのか。
 私よりもいくつか年嵩であるはず、だのに、何故か私よりも遥かに上回る体力を持っている神父が(船宿に泊まった翌日には起き出していたらしい)、地図を拡げて次なる目的地、ララミーへの道程を確認している。



 出立の荷造りは程なく済んだ。だが、体力が完全に回復するのを待った方がいいという神父の言葉に従い、もう一日延泊した。結局、宿泊から数えて五日目の朝になってようやく出立の運びとなった。
 無理を云って泊めてもらったにも関わらず長逗留となったことを宿の主人に詫び、幾らか色をつけて宿代を払い宿を引き払った。
 歩くこと半日、さして強くはない魔物との戦闘を繰り返しながら無事、ララミーの街に到着した。
 街というより村と呼ぶほうが相応しいような、小規模で且つ、のどかな雰囲気。行き交う人々もやはりどことなくのんびりとしている。ここに暮らしていたら魔王の復活など、まるで別世界の話に思えることだろう。
 早速、この街で武具を取り扱うただ一件の店である道具屋を訪れる。応対に出たのは壮年と呼ぶべき人の良さそうな夫婦ものだ。我々一行の身分を明かしてから、我が祖先が使っていた伝説の剣について尋ねる。
「伝説の剣、ですか……?」夫妻は互いに顔を見合わせて不思議そうにしている。その様子だけでここに剣がないことが容易に伺い知れた。落胆を隠せぬ我々に夫妻の主人のほうが思い出したように云う。