明くる朝、部屋のドアを激しく叩く音で目が覚めた。寝ぼけ眼を擦りながら、そういえば吟遊詩人の帰りを待たずに部屋の鍵を掛けてしまったっけな。と、思いながらドアを開けると宿屋の主人が血相を変えて立っていた。
 宿屋の主人が云うには、昨夜、吟遊詩人が遺体になって発見されたという。このタイラスの街から北北東に位置するハイロックという山の、山頂に程近いところで倒れているのを地元の猟師が見つけたという。
 突然のことに耳を疑ったが、主人が嘘をついているとは到底思えない。聞けば、既に吟遊詩人の遺体は街の教会に運ばれそこに安置されているという。
 急を知らせてくれた主人に礼を云ってから、取るものも取り敢えず支度を済ませる。自分も行くと云って聞かない娘に、ゾンビに会ってもいいのか! と半ば叱り付けるようにして留守番を云い付け(こんな小さな子に知り合いの死に顔を見せるわけには行かない)、大魔道士とともに教会へ走った。
 教会の中、入り口の扉と対面にある祭壇の上に、一基の棺桶が安置されている。教会の中には我々の他に人の気配はない。物音ひとつ聞こえない静謐の中を進み、棺桶の傍に立つ。心に沸き起こる躊躇を振り払って棺桶の蓋を開く。


 綺麗な死に顔であった。外傷を受けた様子は見られず、外見からは死因を特定する要素は見当たらない。大魔道士は棺の蓋を開ける前から泣き出していて、いまやひっくひっくとしゃくり上げている。
 と、そこへ一人の青年が現れた。「その人が伝説の勇者様のご末裔様のお仲間とは知りませんで」
 青年は吟遊詩人を発見した猟師であった。彼が発見した時には既に吟遊詩人は事切れていて、ここまで運んでくることしか出来なかったのだという。
 吟遊詩人の体に目立った外傷が無いことを尋ねると、ハイロックには魔王の復活以降、強大な魔物が住み着いてしまい、山に入った人間をたびたび襲うようになったのだが、その魔物は強力な魔法を使うらしく、襲われた人間は何れも外傷を受けることなく息絶えると教えてくれた。
 青年は猟師仲間と自警団を結成し、昼夜を問わず山中の警備をしていたのだが、先夜はたまたま全員の都合がつかず結果的に警備を怠ったのだという。
 代わりに山には絶対に入らないようにとの布令を街の人間に対して出してあったのですが……と悔やむ青年に、我々は旅人、布令を知らなかったのも致し方の無いところです、と声をかけた。
 少しだけ雰囲気が落ち着いたところで話頭を伝説の剣に転ずる。